Column 渙汗
汗というと、真っ先に「汗水たらして働く」という言葉が浮ぶくらい、汗は「骨を折るような苦労」のたとえとして
よく使われますが、汗は体にこもった体熱を発散させて体温の調節を図ったり、精神的な興奮を覚えた時や知的活動を急に強いられた時に、体の感覚を鋭くしたり、摩擦を少なくして皮膚を守ったりする働きがあるそうです。
「渙汗」は、「かんかん」と読みますが、易経の「風水渙」という卦にある言葉で、「汗が飛び散る」とか「汗が広がる」という意味です。
もともと「風水渙」という卦は、悩み事が散ってなくなるという卦で、どうしたら自分の悩み事を散らすことができるかを様々な立場から提案してくれるありがたい卦なのです。
この「渙汗」は集団をリードしなければならない立場にある人の話の中で登場します。
汗が出れば心底スッキリするのに、汗が出ないで苦しんでいる集団を前にして、リーダーである自分は大英断を下して「皆を渙汗させる」というように読むこともあれば、リーダー自身が心の奥底からまるで汗を絞り出すように大英断を下すことを表現して「自ら渙汗する」というように読むこともあります。
どちらにしても、リーダーが下す大英断というのは、蓄積してきた自らの貴重な身銭のようなものを惜しむことなく、皆にすべて分け与えるようなことだというのですから、リーダーが、一気に汗が飛び散るがごとく、自分の中にある熱い思いを爆発させることを「渙汗」と取る方が、私は好きです。
WBCで日本は念願の大勝利を勝ち得ましたが、戦いは本当に物凄いものでした。
今でもこの試合を観た人は、この瞬間をともに味わえたことに感謝し、あまりに劇的な数々のシーンは後々まで語り草となるでしょう。
アメリカで行われた最後の二試合がもちろん圧巻ですが、私は日本で最後の試合になるイタリア戦で、先発ピッチャーとして登板した大谷翔平選手のうなじの汗を、何回もカメラが追っていたのが今でも印象に強く残っています。大谷選手は最初から投球するたびに声を出し、その気迫には圧倒されましたが、三回の裏ではなんとセーフティバンドで塁に出て、続く岡本選手のホームランで4点を稼ぎ出しました。
大リーグの大谷選手がここでなりふり構わずセーフティバンドを行ったのかと、最初はびっくりしましたが、考えてみれば空いている三塁方向にセーフティバンドを打つことが一番得策だからそうしただけにすぎないわけで、改めて大谷選手にとっての野球の一端を垣間見たように思ったものです。
大谷選手のうなじの汗は文字通り「渙汗」だったのだと思うのです。
自分が「侍ジャパン」を引っ張り、押し上げるには、自分が何を野球に込めてきたのか、捧げてきたのかを一気にさらけ出し、自分の持っているすべての力を惜しみなくチームの勝利のために使うという、ありえないようなことを大谷選手は我々に見せてくれました。
ところで、「渙汗」にはもう一つの意味があります。
君主が一度発した詔は、出た汗が元に戻らないのと同じように、取り消すことはないというのです。
おりしもWBCの最中に、「袴田事件」の冤罪をめぐって、東京高裁が裁判のやり直しを発表すると、東京高検は最高裁に特別抗告するかもしれないというニュースが流れました。結果的には特別抗告はなく、再審開始になり、冤罪を晴らすまであと一歩に迫ってきました。
そのくらい君主は一度大英断を発したら、言い直しはないということなのですが、易経の「渙汗」は民の苦しみを救わんがための大英断で、君主の身勝手や無茶ぶりを表現した言葉ではありません。
しかし、リーダーのかく「汗」が、もし自分が責任を負っているものに対して、自分という殻やプライドを投げ捨てられず、自己保身のための「渙汗」だとしたら、我々にとってはこれほど危険なものはありません。
「開かずの扉」と言われた「袴田事件」ですが、二度と冤罪が起こらないように、検察の自己保身的な「渙汗」体質を改める方法をなんとしてもここで考えださなければ、この事件の意味がまったくないことになります。
大谷選手がやって見せてくれた「渙汗」と、同じ言葉とは思えないほど意味合いが違う「渙汗」ですが、どちらも私たちにとって心に深く刻まれる物語であることは、間違いないでしょう。