表参道周易塾

Column 一闔一闢

「いちこういちへき」と読みます。闔は閉ざすで、闢は開くという意味なので、閉じたり開いたりということなのですが、

易経の繫辞伝には、「戸を閉ざす之を坤と謂い、戸を開く之を乾と謂い・・・」と記され、この開閉の作用で森羅万象あらゆるものが変化しながら無限に動くというのですから、いわば万物が存在する上での大原則とでもいうのでしょう。

戸というドアを例に挙げているところから「パタンパタン」という動きが連想されますが、拡張したり収縮したりする動きもこの「一闔一闢」のバリエーションと考えてもよいです。

ミクロの世界から地球規模まで、いえ宇宙の果てまでこの一闔一闢が働くということは、ふいごがいたるところで、音色こそ違うのでしょうけれど、ヒューヒュー鳴りひびいているような大交響曲が奏でられていることになります。この音を聞くことができる才能がある人をきっと音楽家と呼ぶのでしょうね。

 

私の鑑定のお客様の中でも最年少といってよい小学二年生の男の子がお母さんに連れられてやってきました。

クラス替えになって隣の席になった女の子がやたらちょっかいを出してくるので、学校に行くのが嫌で嫌でたまらなくなったというご相談でした。見た目もとてもかわいらしく目元が涼やかな男の子なので、女子としてはちょっかいを出すというより、単に世話が焼きたくて仕方ないのでしょう。

「なんでも自分一人だけで最初から最後までやりきりたいの」と聞くと「そうだ」といいます。けれど隣の女の子にこの男の子の複雑な気持ちを正確に理解させるのはちょっと難しそうです。

そこで、学校といえども社会のひとつで、自分一人になるとか一人だけでやるのはかなり難しい場所です

そこで自宅に自分だけの避難場所を作ってみることを提案してみることにしました。イメージとしては穴倉とか秘密基地なのですが、手に入るもので作った段ボールハウスです。すると彼は大満足。私としてはリビングルームに一個ぐらいのつもりでしたが、彼の希望で子供部屋、畳の部屋などあちこちに設置することになってしまいました。

その中では絶対ゲーム禁止をおかあさんと取り決めて鑑定はなんとか終了しましたが、小さいころ、座布団を囲って部屋を作ったり、かび臭い押し入れも結構快適な場所だったことをふと思い出したりしました。

この段ボールハウスは彼にとっては密閉空間のつもりなので、「閉」の状態です。

「閉」というと「ひきこもる」「守る」「閉ざす」といった陰気なイメージが付きまといますが、彼にとってはゴチャゴチャ、イライラ、ドロリン、クヨクヨといった感情をむしろ「整える」所です。

自分らしくあるために、自分を整理するのに、陽気にスポーツに興じる子供もあれば、彼のように陰気に「閉」を使うこともあってよいのではないでしょうか。

 

ある合気道の先生は、「知らない人が合気道の型を見ていると、腕を前に突き出しているように見えるかもしれませんが、あれはもう一方の腕がぐっと縮むので、もう一方の腕が自然に前にでるんですよ」と話してくれました。つまり前に出る所作は、筋肉が必死に縮めようとしている状態の結果にすぎないということです。我々がその所作を美しいと感じられるのは、その筋肉を縮める時に生じる何かがきっと高貴なものだからかもしれません。

ある生物の先生が、「細胞が滅数分裂を起こすとき、いったん細胞膜は閉じて、内外の物質交換を停止するんだ」

というようなことを話されていました。

変わるためには物凄いエネルギーを使うので、外からの攻撃には非常に脆弱になるため、細胞は膜を閉じてしまうというのだそうです。「閉」は裏で始まる変化という能動的な動きということになります。

 

一闔一闢と一口で言うけれど「開閉」のそれぞれの役割は

多岐にわたり複雑です。

 

けれど、脆弱だったり、ひきこもったり、縮んだりと一見内向きで表面には表れにくいものを抱えている個体が使うのが「閉」だとしたら、なんと「閉」のは働きはたくましいことなのかと私は思うのです。

 

「閉」の状態になった時、それをマイナスの動きととらえ、「開」を前提としたプラスへ移行するための前触れ、準備期間なのだというとらえ方は間違ってはいません。むしろこの方が一般的で、どこまでも「開」は開放的で明るい主役で、「閉」は閉鎖的で陰気な脇役です。

 

しかしこの「開」はただチョコンとてっぺんだけが表に出ているだけの代物で、実は下深く重量もしっかりしている「閉」が、「開」を作り上げる素材にあたるのだというとらえ方もあります。

 

ただの発想の違いかもしれませんが、少年の段ボールはいつか社会に出ていくための「準備空間」ではなく、彼の一生分を豊かにする土壌づくりだと本人に限らず親もとらえられたら、絶対に素敵な時を過ごせた、過ごさせたという経験を手に入れられるはず。

やたら「陰」びいきのコラムばかり書く奴だ思われるかもしれませんが、「陰」の世界はかくもかぎりなく面白いので、興味が尽きないのです。

 

 

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