表参道周易塾

Column 亢龍


タケノコの時期になると、収穫したばかりのタケノコをよく頂きます。あく抜きをするために皮付きのタケノコに包丁を入れたのですが、なかなか包丁がぬけません。悪戦苦闘の末、包丁が弾力を失わなかったおかげで、無事包丁をひきぬくことができました。
やっと抜けた包丁を眺めている時に思い出したのが、この「亢龍」 の話です。

昭和の易姓と呼ばれた加藤大岳先生の高弟のひとりに薮田嘉一郎氏という方がいます。彼は、中国の詩人であり古典研究家の聞一多(ブンイッタ)氏の易経の卦辞爻辞に対する独自の視点に魅了され、彼の解釈をいくつか「易学研究」上で紹介されました。
聞氏は、1899年中国の黄岡氏に生まれましたが、48歳で国民党の残党に昆明で暗殺され、短い一生を閉じました。

この聞氏の説によると、龍というものはとぐろを巻いているのが健康体で、伸びている状態は死んでいるか元気がない状態であるとし、蛇を殺してみればわかるというのです。

確かに龍の文様を見ても、どれも巻いた形の龍で、びろーんと伸びた龍の文様など見たことがありません。「亢龍 」といえば、易経の乾為天の上爻に位置する龍で、高く上り詰め、これ以上の上れない龍なのですが、実際にどんな姿の龍なのかは不明です。
この「亢龍 」というのはとぐろを巻くことができない状態の龍を指すというのが聞氏の解釈です。

史記の列伝の中で蔡沢という人が秦の宰相を相手に「亢龍 悔い有り」の故事を引いて
「亢龍 は上して下ることができず、伸びてかがむことができず、自ら返ることができないのが亢龍 である」というような話をする場面がありますが、聞氏の解釈もこの辺を汲んでいるのかもしれません。

若い時は体も心も柔軟で、融通が利き、人の意見にも耳を傾ける余裕がありますが、年をとると頑迷になり、とぐろを巻くような恰好をしようものなら、骨や筋肉は悲鳴を挙げてしまいます。

また悩み苦しんで自らの身をとぐろを巻く状態まで追い込んだり、あちこちくねくねし、ある時は妥協しながら障害をすり抜けて蛇行する龍であればまだ「亢龍 」ではない「飛龍」である証であるともいえるわけです。

悪戦苦闘は亢龍 ではないと覚悟して、しばらくじたばたすることにしましょうか。

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