Column 天

「天」という漢字を書く時には、当たり前のように二本の横棒の上にある方を長く、下を短く書いています。だけど、なぜ上が長いのでしょう。
近藤朱鳳さんという書家がいらっしゃいます。徳川14代将軍の家茂公の書と儒学の師であった近藤雀山をルーツに持つ方で、国内はもとより海外でも評価が高い先生です。
この近藤朱鳳先生の書による王義之の「蘭亭序」をしげしげとみていたところ「天」は上の方が短いことに気づきました。
あまりにしげしげとみていたからでしょうか、朱鳳先生がいらして「天という字は人が大きく手を広げている形なんですよ」と説明してくださいました。
先生はすぐほかのご用事で離れてしまわれたので、以下は私の調べによるものです。
「天」は正面から見た人の形である「大」の頭部を強調してできたのが「天」という漢字なのだそうです。つまり一画目が「頭部」で、二画目が両手だということです。オリジナルの漢字が異なる意味にまで派生することはよくあることで、この「人」という意味の「天」も「空」という意味を持つようになりました。
なるほど、そのよう思って改めて「天」を見ると、上が短い「天」は、今風の小顔で足の長い人が胸を大きく広げて、のびのび天を仰いでいるような姿が浮かんできます。漢字そのものの姿もどこかスタイリッシュです。もともとの「人」という意味が濃密に残っているのはむしろこちらかもしれません。
一方上が長い「天」は威風堂々として「神」としての「天」の風格が感じられます。
「天」を神格化する易経の世界の「天」は、こちらの「天」なのでしょう。
どちらの「天」も我々にとっては身近な「天」です。ふと空を見上げながら深呼吸する「天」は上が短い「天」であり、思わず「天に感謝」などという時は、上が長い「天」です。
「天」という漢字はどちらを長く書こうと、書くだけで清々しい気持ちにさせてくれる有難い漢字の一つです。